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くどいようだが、凶悪な殺人容疑での指名手配犯な相方なので、
昼間の街中では迂闊にその名を呼べない。
自分へなぞさして注目もされぬだろうという、自覚のないところは相変わらずながら、
相棒さんは地味に作っていても際立った印象を醸すような風貌をしてもおり、
やや珍しい苗字がまた、おやと人の耳への印象に残りやすい音かも知れぬ。
敦の側とて そういったこもごもが判っちゃあいるし、
そういった肩書を負うた自覚も鋭敏な、
それはおっかないマフィアの上級構成員なのだと重々知ってはいても。
実際に間近にあって、それはそれは気の置けない存在だとしているがため、
ついうっかり気安く呼びかかってしまうのが困ったもので。
そこは勘が良いものか
「あ」
「?」
最初のたった一音だけで
それはあっさり、ごくごく自然に “なんだ?”と視線を向けてくる兄人であり。
芥川と呼び掛けかかっての最初の一音と、
何かに気づいての “あ”をちゃんと聞き分けているのも大したもの。
こちらもそれへと素直に言葉を継いで、
「〇〇さんのところって、手土産とか要らないのかなぁ。」
二人からすれば元と現在の上司にあたる太宰に紹介された、
個人経営の骨董店へと向かう途中の彼らであり。
紹介状というか挨拶状というかを書いてもらった上、
君らが行くからという先ぶれもしておいたよなんて重ねて言われては。
名刺程度のそれだとて、介在する人があるお付き合い、
そのお人の顔を立てるよう、お行儀もそれなりに要るのかなぁと
今になって気が付いたらしい虎の子くんだったらしいが、
「不要だ。」
「え?」
「○○氏なら僕も悉知する人物だが、諂う必要はない。」
「へつらうって…。」
自尊心の高い男だというのは 厭ってほど知っていたが、
それとは別枠で、上下関係における習わしや謙譲もようよう心得ている人物でもある。
何しろマフィアといやぁ、
恩讐、恩義と復讐とをないがしろにしないよな、
そこだけは任侠の基本を持ってくる組織でもある。
現在の首領はきわめて合理主義なお人らしいが、
それでもああまでの大所帯を保持しようとするなら、
そしてトップへの絶対的な忠節を示させるためには、
冷たい理屈より人間臭いもののほうが効果を為すのやも知れぬ。
馬鹿でも判るような明快さで説かれても、
大事な人がどこぞの馬の骨から恥をかかされたなんてな“情”は
そうそう抑え込むことは難しいからで。
『まま、森さんはそこも巧妙に
見えない作為で理と情を結びつけちゃう人だけどもね。』
恐れもなくそんな言いようをする、断然 知性派の太宰に育てられたにしては、
礼節もしっかと順守しているような芥川に見えるのだが、
“…あ・でも、一般人や目下相手には不遜の塊だよな、こいつ。”
特に自分へは容赦なく兄人ぶって、いやそれ以上に尊大だよなぁと、
何かしら思い出したらしい敦が うぬうと眉間にやや険を立てたりして。
◇◇
自己評価が低い敦だが、それを言うなら
形は違えど承認欲求に餓つえているところなぞ、この禍狗さんも結句似た者同士と言えるわけで。
お互い、相手のそういうところはようよう把握しているクセして、
自らに指摘されると よほどの逆鱗なのかそりゃあ激しく憤怒してしまう。
そういうところまでお揃いだというに、
頭に血が上るせいか いまだに認めようとはしないところまでご同類だから始末に負えぬ。
先だっても、彼らが直接ぶつかった案件、これ在りて
他県から進出してくる気配のあった、某非合法組織の資料を、
他でもない 其処を足抜けしたいとする内部通報者から受け取るという事案があったのだけれど。
何かしらの義理か しがらみでもあったのか、
若しくは 公的な官憲機関へ渡っては不味い箇所でもあるものか、
そうはいかぬと身柄確保を妨害しつつ、資料を奪還せんという手勢が現れて。
「ポートマフィアの黒蜥蜴?」
「なんでまた。」
存外本気な一団が襲い掛かったその上、
彼らを率いていたのが、羅生門の兄様であったがために、
武装探偵社陣営も、急遽フルメンバーでの対処と相成り。
通報者の身柄は何とか探偵社で保護できたが、
すったもんだの最中、跳ね飛ばされたそのまま行方知れずになった
最も重要なデータの方が、何と…落としものとして通りかかった市警に渡りそうになり、
「わあ、お巡りさんっ、それぼくが落したメモリですっ。」
「何を図々しい、こちらの所有物だ。」
勢いよく一斉に伸ばした手が、
双方ともによほど焦っていたものか、相手が相手だとつい力が入りすぎたか、
単なる“肩へのポン”で済まず、
純朴そうな警邏のお巡りさんを 路地裏の端から端へ吹っ飛ばしたからさあ大変。
抑々、敦らが保護対象者と落ち合うところと定めた地点からして
人通りの少ない公園の隅っこだった故、目撃者はいない。
四方周辺の防犯カメラからも死角だし、
此処へ至る道筋のはことごとく故障となっていて機能してはない。なので、
「…よかったじゃないか。
このお巡りさん、お前の顔とかろくに見てないから、
このまま行ってしまっても手配はされないぞ?」
慌てて駆け寄った人事不省状態のお巡りさんの脈を見つつ、
怪我をしては無いか出血は無いかと ざっと確かめた敦が、
傍らまでやって来た黒獣の覇者さんへ、いかにも穏便に言いつのったが、
「そんな戯言で説得されると思うてか。」
爆破による大量殺傷犯として既に指名手配されている身の芥川。
今更、一介の巡査風情を叩き伏せたくらいの罪状が増えたって知れたもの、
そんな言いようで怯むものかと冷ややかに言い返し、
黒獣による鋭い刃をひゅんひゅんっと疾らせてくるところは容赦がなく。
「何だよ、抑々こんな小っさな話へ何でお前が出て来てんだよ。」
「企業秘密だ、言うものか。」
それが異能というものではあるが、
触れたが最後、皮膚を裂き、肉を千切って食らおうという凶悪な黒獣を自在に操り、
空間の至るところ全てへという勢いで、間断のない波状攻撃を飛ばしてくるのへ。
こちらも身軽に中空へ跳ね上がり、両脇に迫る壁やら塀やらに足を掛けては、
すんでのところでという絶妙な間合いにて、
必殺の黒い顎による攻勢、ことごとく躱すところが凄まじくも恐ろしい反射神経と言えて。
「往生際が悪いぞ、人虎っ。」
「人の往生どきを勝手に決めるなよなっ。」
忌々しいと眉間を歪めたマフィアの遊撃隊長さんが、
結構ぴんと張った声にてがなって来たのへ、ごもっともな見解を言い返しつつ、
そのまま暴れまくっていては意識のない巡査さんが巻き添えを食うと、
徐々に路地裏から離れるよう後ずさりを続けたものの、
「…っ!」
目を瞑っても歩けるほどには熟知してない通りであったため、
そっちに確か河があったようなという記憶に添うて進んだそのまま、
コンクリの土手もどきを靴のかかとで把握。
オーバーハングにほど近い急傾斜、後ろ向きに駆け上がって
その縁まで達したそこへまで。
おいでおいでと誘なった相手と身を入れ替え、
向こうへと突き飛ばせれば上々、
出来ずとも不安定な場所だけに態勢整えるのに隙も出来ようと睨んだのに。
「…わっ!」
流石、調子よく誘われてはくれなんだ芥川だったのは、
直接蹴る殴るが得手の近接型の敦と違い、中距離攻勢も扱える身で在ればこそか。
斜面を駆け上がった虎の子を自分で追わず、黒獣だけを追随させて来て。
そんな凶悪な切っ先の接近を何とか避けたは良かったものの
勢い余ってのこと、土手の向こう側、
整備されて幾歳かという、川というより古びた運河として整えられた
セメント打ちっぱなしの水路へ吹っ飛ばされてしまった敦であり。
わぁあぁっと長く尾を引く悲鳴というか喚声と共に、
ばっしゃんと景気よくも飛沫を上げ、
川幅の中ほどへ落っこちてしまった虎の子くん。
…芥川くんだけを言えない、もっと食べんといかんよ、キミも。
もーりんも呆れたほど軽々と宙を舞った少年、
きぃっと憤怒しつつも身を起こし、
「太宰さんじゃないんだぞっ!」
「言うに事欠いて、我が師を例えに持ち出すなっ。」
口が達者なだけ、ダメージも薄かったようで。
それへこっそり安堵しつつも、(← あ)
真冬でなくてよかったと喜べなんて理不尽を言う兄人なのへ、
「…覚えてろっ!」
いかにも口惜しげに怒鳴り散らかし、
その割に幼子のように “い〜〜〜だっ”なんて
それは子供っぽい悪態で締めたそのまま、
きっぱりとした態度で背中を向けると
立てる深さの側溝、向こう岸へと去って行きかかった虎くんだったものの。
「……ちょっと待て。」
見送りかけた誰かさん、
はっとすると黒獣を…衣紋が織り出せるギリギリの伸びる限りと飛ばして来、
向こう岸までじゃぶじゃぶと渡りかけてた少年の後ろ首を捕らまえて。
「逃がすか、貴様っ。」
「チッ、誤魔化されるかと思ったのに。」
いかにもな逃げ口上を口にして、
そそくさと立ち去ろうと構える辺り、
素直な敦少年には珍しくも奇策を構えたらしかったが、
流石にそうはいかなかったようで。
いいじゃんか、もう。
濡れちゃったからきっとデータも飛んでるよぉ。
だったら尚のこと、貴様には不要なものであろうが。
黙って此方へ置いてゆけ。
い・や・だ。
任務はやり遂げましたっていう証拠なんだから渡すものか。
そうして失敗したことをわざわざ晒したいのか。
とんだ被虐嗜好者よの。
ひぎゃ…? なんだそれ?
新生の“置いてけ堀”伝説が生まれかかったひと騒ぎ、
途中から何だか雲行きが斜め横へと入れ替わり。
「なあなあ、どういう意味なんだ、それ。
中也さんか太宰さんに訊いたら判るのか?」
「……辞めんか。//////////」
相変わらず小難しい言い回しをした兄人の言、
意味が知りたいと食い下がって来る白の少年だったのへ、
苦し紛れに “判った、それは持ってけ”と。
珍しくも芥川の側が穏便に引き下がった一件だったが。
まさかそんな一部始終をまたしても誰かさんがきっちり収録していたなんて
露ほども思わないのは当然で。
お裾分けだとコピーを後日に贈られた某帽子の幹部様も
腹筋が痛んだほど笑い倒したらしいというのは、此処だけの話……。
to be continued.(18.06.02.〜)
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*何だかおかしな取っ組み合いの模様を一節。
触れれば腕や脚があっさり落ちようそれは凶悪な黒獣との対峙だというに、
こうもいなせる敦くんこそ、恐ろしい猛獣使いなのかもしれません。

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